問8 下線部分フランスについて,次の資料7 に関するレポート2 の C と D …
次のⅠ・Ⅱについて,後にある問1 ~問8 に答えよ。 Ⅰ タロウさんは北海道の小樽に旅行へ行き,その内容をまとめた。次のまとめについての問に 答えよ。 まとめ 小樽は第一次世界大戦勃発後に迎えた好景気の中で,貿易・金融の拠点となり,アメリカ 合衆国の発展にちなみ,「北のウォール街」と呼ばれました。また,『蟹工船』の作者である 小林多喜二が生活するなど,労働者の歴史ともつながりが深い地域です。 Ⅱ 次の会話文とレポート1 についての問に答えよ。 会話文 タロウ: 先日,北海道のオホーツク地域へ旅行に行き,その内容をレポート1 にまとめ ました。そもそも,旅行に行くという文化はいつ頃から人々に根付いたので しょうか。 先 生: 1923 年に行われた大阪市の調査を踏まえて考えると,日本では20 世紀前半に は広く国内旅行が行われていたと言えそうですね。 タロウ: 日本から海外へは自由に行くことができたのでしょうか。 先 生: 第二次世界大戦が始まる前は,船を使って海外へ旅行する場合もありました。 中には修学旅行として満洲国へ行くこともあったようですよ。 タロウ: 旅行にも時代による変化があるのですね。次に旅行をする際には,その場所が 持つ歴史をきちんと調べてから行こうと思います。 レポート1 北海道のオホーツク地域を旅行してわかったこと ・ 網走監獄(現在の博物館網走監獄)は,ベルギーやフランスで採用されていた獄舎を参 考につくられた。収監されていた人々は,厳しい労働作業に従事させられていた。 1925 年に社会主義の広がりを防ぐため制定された A によって逮捕された人々 も,この場所に収監されることがあった。 ・ 自然豊かな地域である佐 呂間町には「栃木」という地名が存在する。明治期に田中正造 が解決のために運動した B がおきた後,廃村となることが決定した栃木県谷中 村の人々が移住したことで付けられた地名だった。
問8 下線部分フランスについて,次の資料7 に関するレポート2 の C と D に当てはまる語句の組合せとして適切なものを,下の1 ~4 のうちから一つ選べ。
資料7 ヴェルサイユ条約調印式のようす レポート2 資料7 で結ばれた条約では,アメリカ合衆国大統領ウィルソンが提案した十四か条の原 則の下で, C が目指された。しかし,大戦の負担や損失はドイツに押し 付けられるなど懲罰的内容が含まれていた。そのため,この条約は平和構築に向けた動 きと評価できる一方で,1930 年代以降のドイツで見られた D 主義的な独裁体制 が成立する要因の一つであるとも評価できる。
- 1 C―国際平和機構の創設 D―民本機構の説明は正しいものの、民本主義は大正期の日本の考え方です。
- 2 C―国際平和機構の創設 D―全体国際連盟の創設が目指され、ドイツでは全体主義の体制が生まれました。
- 3 C―君主に正当な支配権を認める復古的な国際秩序 D―民本復古的な国際秩序はウィーン体制の考え方にあたります。
- 4 C―君主に正当な支配権を認める復古的な国際秩序 D―全体体制の性格は正しいものの、目指されたのは復古的な秩序ではありません。
この問題は問題の図(写真・図・表など)を見て答えます。図はこちらに転載していないため、下の出典のページから公式のPDFをご覧ください。解説だけでも読み取り方が分かるように書いています。
解説
正解は2です。ヴェルサイユ条約は、ウィルソンが示した十四か条の原則にもとづいて結ばれ、その中で国際平和機構である国際連盟の創設が目指されました。君主の支配権を認める復古的な秩序は、これより100年前のウィーン体制の考え方です。またドイツで1930年代に成立したのは、国家が個人よりも優先されるとする全体主義的な独裁体制です。ウィーン体制との違いを押さえておきましょう。
出典:文部科学省ホームページ(https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/shiken/kakomon/1411255_00019.htm)を加工して作成