ソクマル高卒認定(歴史)

問4 A と B に当てはまる語句の組合せとして適切なものを,次の1 ~4 のう…

次のⅠ・Ⅱについて,後にある問1 ~問8 に答えよ。 Ⅰ タロウさんは北海道の小樽に旅行へ行き,その内容をまとめた。次のまとめについての問に 答えよ。 まとめ 小樽は第一次世界大戦勃発後に迎えた好景気の中で,貿易・金融の拠点となり,アメリカ 合衆国の発展にちなみ,「北のウォール街」と呼ばれました。また,『蟹工船』の作者である 小林多喜二が生活するなど,労働者の歴史ともつながりが深い地域です。 Ⅱ 次の会話文とレポート1 についての問に答えよ。 会話文 タロウ: 先日,北海道のオホーツク地域へ旅行に行き,その内容をレポート1 にまとめ ました。そもそも,旅行に行くという文化はいつ頃から人々に根付いたので しょうか。 先 生: 1923 年に行われた大阪市の調査を踏まえて考えると,日本では20 世紀前半に は広く国内旅行が行われていたと言えそうですね。 タロウ: 日本から海外へは自由に行くことができたのでしょうか。 先 生: 第二次世界大戦が始まる前は,船を使って海外へ旅行する場合もありました。 中には修学旅行として満洲国へ行くこともあったようですよ。 タロウ: 旅行にも時代による変化があるのですね。次に旅行をする際には,その場所が 持つ歴史をきちんと調べてから行こうと思います。 レポート1 北海道のオホーツク地域を旅行してわかったこと ・ 網走監獄(現在の博物館網走監獄)は,ベルギーやフランスで採用されていた獄舎を参 考につくられた。収監されていた人々は,厳しい労働作業に従事させられていた。 1925 年に社会主義の広がりを防ぐため制定された A によって逮捕された人々 も,この場所に収監されることがあった。 ・ 自然豊かな地域である佐 呂間町には「栃木」という地名が存在する。明治期に田中正造 が解決のために運動した B がおきた後,廃村となることが決定した栃木県谷中 村の人々が移住したことで付けられた地名だった。
問4 A と B に当てはまる語句の組合せとして適切なものを,次の1 ~4 のうちか ら一つ選べ。

解説

正解は1です。1925年、社会主義の広がりを防ぐために制定されたのは治安維持法です。また、明治期に田中正造が解決のために運動したのは足尾銅山鉱毒事件で、廃村となった栃木県谷中村の人々が北海道へ移住したことが「栃木」という地名の由来になったと考えられます。全権委任法はナチス=ドイツで1933年に制定された法律で、四大公害訴訟は昭和40年代(1960~70年代)の出来事なので、いずれも文脈に合いません。
出典:文部科学省ホームページ(https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/shiken/kakomon/1411255_00019.htm)を加工して作成

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