問2 下線部分日本の国連加盟が実現した時期の,日本とソ連の政治状況について述べた…
次のⅠ・Ⅱについて,後にある問1 ~問8 に答えよ。 Ⅰ 次の会話文1 について,後にある問に答えよ。 会話文1 生徒: 学校の授業でグローバル化について学習する中で国際連合(国連)のはたらきに興 味を持ち,特に拒否権の行使について調べ,表1 を作成しました。 先生: どのようなことがわかりましたか。 生徒: 例えば,1960 年代まではソヴィエト連邦(ソ連)の行使数が多いことがわかりま した。そしてこれは, A の国々との対立を背景に行使されたものだと考え られます。また,日本の国連加盟もソ連の拒否権の行使と関係があることがわか ります。 先生: 日本の国連加盟が実現するまでの間に,ソ連の姿勢が変わったことがわかります ね。他にはどのようなことがわかりましたか。 生徒: アメリカ合衆国が B 後に拒否権を行使していることがわかります。アメリ カ合衆国とソ連の対立関係が影響していると考えました。 先生: この対立は冷戦と呼ばれ,多くの国が影響を受けたことも授業で学びましたね。 では,冷戦終結後はどうなったのでしょうか。 生徒: 冷戦終結後も世界各地で内戦や紛争がおこっています。私はこのことと拒否権の 行使との関連について調べてみようと思います。 表1 アジア諸国の国連加盟に対して拒否権が行使された例 ⒜ ⒝ ⒞
問2 下線部分日本の国連加盟が実現した時期の,日本とソ連の政治状況について述べた文の組 合せとして適切なものを,下の1 ~4 のうちから一つ選べ。
日 本 ア 日ソ共同宣言によって,ソ連との関係改善を進めた。 イ 極東地域の安全を確保するために,日ソ中立条約が調印された。 ソ 連 ウ フルシチョフによるスターリン批判が行われた。 エ 世界革命を目指してコミンテルンが組織された。
| 年 | 国連加盟を目指したアジア諸国 | 拒否権を行使した国 |
|---|---|---|
| 1955 | 日本 | ソ連 |
| 1957 | 大韓民国 | ソ連 |
| 1957 | ベトナム共和国 | ソ連 |
| 1958 | 大韓民国 | ソ連 |
| 1958 | ベトナム共和国 | ソ連 |
| 1976 | ベトナム社会主義共和国 | アメリカ合衆国 |
- 1 ア―ウ日ソ共同宣言とスターリン批判は、どちらも1956年の出来事です。
- 2 ア―エコミンテルンの組織は1919年のことで、この時期には当たりません。
- 3 イ―ウ日ソ中立条約は1941年に結ばれたもので、国連加盟の時期とは異なります。
- 4 イ―エ日本側もソ連側も、国連加盟が実現した時期の状況とは合いません。
解説
正解は1です。日本の国連加盟が実現したのは1956年で、同じ年に調印された日ソ共同宣言によってソ連との国交が回復し、ソ連の反対がなくなったことが加盟につながりました。したがって日本側はアが当てはまります。イの日ソ中立条約は1941年のことです。ソ連側では、1956年にフルシチョフがスターリン批判を行っているので、ウが当てはまります。
出典:文部科学省ホームページ(https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/shiken/kakomon/1411255_00018.htm)を加工して作成