19世紀に、欧米の工場で機械によって作られた安い綿布がアジアへ大量に入ってくるよ…
19世紀に、欧米の工場で機械によって作られた安い綿布がアジアへ大量に入ってくるようになりました。このことがアジアの各地の生産にもたらした変化として最も適切なものはどれか。
- ⑴ 手で織る綿布の生産は安い機械製の品に押されて衰え、原料となる作物を育てて送り出す仕事の比重が高まりました。安い機械製の綿布が流れ込んだことで手織りの生産は衰え、各地は原料を供給する側へ回っていきました。
- ⑵ アジアの各地では機械による生産がいち早く広まり、欧米の工場と同じ規模で綿布を作る産業がこの時期に育ちました。アジアで機械による綿布の生産が本格化するのは後の時期で、この時期は輸入品に押される側にありました。
- ⑶ 綿布の輸入は開かれた港の周りにとどまり、内陸の暮らしや生産のしかたは以前からの形のまま長く続きました。安い綿布は内陸の市場にも運ばれ、そこでの織物の生産や人々の暮らしのあり方を変えていきました。
- ⑷ 安い綿布が入ってきたことで各地の織物の技術がかえって高まり、アジアの製品が欧米の市場で広く売られるようになりました。手織りの綿布は値段で太刀打ちできず、アジアの織物が欧米の市場で広く売られる形にはなりませんでした。
解説
正解は⑴です。産業革命によって工業化した国々は、原材料を手に入れる地域と製品を売る市場とを世界に求めました。機械で大量に作られた綿布は、手で織られた品よりもはるかに安く、アジアの市場に入ると各地の織物の生産を圧迫します。その結果、織ることで暮らしを立てていた人々の仕事が減り、代わって綿花のような原料の作物を育てて送り出す仕事の比重が高まりました。こうしてアジアの経済と社会のしくみは大きく変わっていきました。
AIが生成したオリジナル問題です。実際の試験問題ではありません。