1889年に大日本帝国憲法が発布され、翌年には帝国議会が開かれました。これによっ…
1889年に大日本帝国憲法が発布され、翌年には帝国議会が開かれました。これによって日本の政治のしくみに生じた変化として最も適切なものはどれか。
- ⑴ 選挙で投票できる人は納税額に関わりなく成年の男女に広げられたため、憲法の発布とともに国民の多くが政治に参加できるようになりました。当初の選挙権は一定の額を納税する男性に限られており、有権者は人口のごく一部にとどまりました。
- ⑵ 法律や予算の成立に選挙で選ばれた議員が加わるようになり、政府の方針が議会での議論を経て決まる場面が生まれました。法律の制定と予算の成立には帝国議会の同意が必要になり、選挙で選ばれた議員が政治に加わる道が開かれました。
- ⑶ 政治のしくみを定める権限が議会へ移されて天皇は儀式に関わる役割だけを担うことになり、内閣は議会の多数派から選ばれる決まりになりました。大日本帝国憲法では主権は天皇にあり、内閣が議会の多数派から選ばれる決まりも置かれていませんでした。戦後の日本国憲法との混同です。
- ⑷ 藩ごとの政治を行う場が議会として設けられ、各地の藩から送られた代表が集まって国の方針を決めるしくみが整えられました。藩は廃藩置県によってすでに廃されており、帝国議会は藩の代表ではなく選挙で選ばれた議員と貴族院で構成されました。
解説
正解は⑵です。大日本帝国憲法によって帝国議会が置かれ、法律の制定や予算の成立には議会の同意が必要になりました。衆議院の議員は選挙で選ばれましたから、政府の方針が議会での議論を経て決まる場面が生まれたことになります。ただし主権は天皇にあり、選挙で投票できるのは一定の額を納税する男性に限られていました。日本の立憲国家としての基礎が、この時期に形づくられたのです。
AIが生成したオリジナル問題です。実際の試験問題ではありません。