19世紀の後半、ドイツやイタリアでは、それまで分かれていた多くの小さな国が一つの…
19世紀の後半、ドイツやイタリアでは、それまで分かれていた多くの小さな国が一つの国家にまとまりました。この動きを支えた考え方と事情として最も適切なものはどれか。
- ⑴ 周りの大国が小国の統合を進めるよう求め、その見返りとして統合後の国が海外の植民地を分け合う取り決めを先に結んでいたからです。周りの大国はむしろ統合を警戒しました。植民地の分割をめぐる列強の競争が激しくなるのは統合より後のことです。
- ⑵ 君主を置かない共和国をつくることが各国の合意となり、選挙で選ばれた代表がそれぞれの小国を治める形へと改められていったからです。統合後のドイツやイタリアは君主を置く国家となりました。共和国をつくる合意があったという前提が誤りです。
- ⑶ 同じ言葉や文化を持つ人々が一つの国家をつくるべきだという考えが広まり、関税の壁を取り払って広い市場を得ることも求められたからです。国民としてのまとまりを求める考え方と、工業を育てるために国内の市場を広げたいという事情が重なって統合が進みました。
- ⑷ 工業化が遅れていた地域では国内をいくつかの小さな単位に分けて競わせる方が産業が育つと考えられ、統合はそのための手段とされたからです。小さな単位に分かれていることは関税や規格の違いを生んで産業の妨げになりました。統合の狙いは市場を一つにすることでした。
解説
正解は⑶です。19世紀のヨーロッパでは、同じ言葉や文化を共有する人々がまとまって一つの国家をつくるべきだという考え方が広まりました。また、小さな国に分かれたままでは国境ごとに関税がかかって商品の行き来がさまたげられ、工業を育てるための広い市場も得られません。こうした考え方と経済上の事情が重なって、ドイツやイタリアでは分かれていた国々が一つの国家にまとまる動きが進みました。
AIが生成したオリジナル問題です。実際の試験問題ではありません。