日本の歴史では、できごとが起こった時期を表すのに世紀という言い方を使うことがあり…
日本の歴史では、できごとが起こった時期を表すのに世紀という言い方を使うことがあります。次のうち、17世紀に起こったできごととして正しいものはどれか。
- ⑴ 元の軍勢が二度にわたって九州の北部にせめてきて、御家人たちがこれを防いだ。元寇は1274年と1281年のできごとで、13世紀にあたります。
- ⑵ アメリカの使者ペリーが軍艦を率いて浦賀に来航し、日本に開国を求めた。ペリーの来航は1853年のできごとで、19世紀にあたります。
- ⑶ 将軍のあとつぎ争いなどから応仁の乱が起こり、京都の町が焼け野原になった。応仁の乱が始まったのは1467年で、15世紀にあたります。
- ⑷ 中大兄皇子らによって、大化の改新とよばれる政治の改革が始められた。大化の改新が始まったのは645年で、7世紀にあたります。
- ⑸ 島原・天草一揆が起こり、その後、幕府は禁教と貿易統制の体制を固めた。この一揆は1637年のできごとで、1601年から1700年までの17世紀にあたります。
- ⑹ 戦後の民主化が進められる中で日本国憲法が公布され、その翌年から施行された。日本国憲法の公布は1946年で、20世紀にあたります。
解説
正しいのは島原・天草一揆です。世紀は100年をひとまとまりとする数え方で、1年から100年までが1世紀、101年から200年までが2世紀と続きます。ですから17世紀は1601年から1700年までを指します。島原・天草一揆は1637年に起こったので17世紀のできごとです。年代から世紀を求めるときは、百の位までの数に1を足すと考えると計算しやすくなります。たとえば1637年なら、16に1を足して17世紀となります。
AIが生成したオリジナル問題です。実際の試験問題ではありません。