十九世紀のなかごろ、清がイギリスとの戦争に敗れ、不利な条件の条約を結ばされたこと…
十九世紀のなかごろ、清がイギリスとの戦争に敗れ、不利な条件の条約を結ばされたことは日本にも伝えられた。このできごとを受けた江戸幕府の対応と、その後の日本の動きの組合せとして最も適切なものはどれか。
- ⑴ 幕府の対応 外国船を追いはらう命令を改め、寄港した船に燃料や水をあたえることにした その後の動き 朝廷が幕府に代わって外交を行い、鎖国を続けることが決められた幕府はこの後も外交を担い、鎖国が続いたわけではありません。
- ⑵ 幕府の対応 外国船を打ちはらう命令をいっそう強め、近づいてくる船を砲撃する方針を固めた その後の動き アメリカの使節が来航すると条約を結び、港を開いて開国することになった清の敗北を知った幕府は、外国との衝突を避ける方向へ方針を改めました。
- ⑶ 幕府の対応 清と同盟を結び、ともにイギリスと戦うための準備を進めることにした その後の動き アメリカの使節が来航すると条約を結び、港を開いて開国することになった清の敗北を知った幕府は、外国との衝突を避ける方向へ方針を改めました。
- ⑷ 幕府の対応 清と同盟を結び、ともにイギリスと戦うための準備を進めることにした その後の動き 朝廷が幕府に代わって外交を行い、鎖国を続けることが決められた幕府の対応もその後の動きも、実際とは逆の内容になっています。
- ⑸ 幕府の対応 外国船を追いはらう命令を改め、寄港した船に燃料や水をあたえることにした その後の動き アメリカの使節が来航すると条約を結び、港を開いて開国することになった清の敗北を知った幕府は方針を和らげ、やがて開国へ進みました。
- ⑹ 幕府の対応 外国船を打ちはらう命令をいっそう強め、近づいてくる船を砲撃する方針を固めた その後の動き 朝廷が幕府に代わって外交を行い、鎖国を続けることが決められた幕府の対応もその後の動きも、実際とは逆の内容になっています。
解説
正解は⑸です。清がイギリスに敗れたことは、強大に見えた国でも欧米の軍事力にかなわないという事実を幕府に知らせました。そのため幕府は、それまでの外国船を打ちはらう方針を改め、寄港した船に燃料や水をあたえて衝突を避ける方向へ転換しました。しかしその後もアメリカの使節が来航して開国を求め、幕府は条約を結んで港を開くことになりました。欧米のアジア進出という世界の動きが、日本の開国につながったという流れをおさえましょう。
AIが生成したオリジナル問題です。実際の試験問題ではありません。