日本の学校看護婦の歴史で正しいのはどれか。
日本の学校看護婦の歴史で正しいのはどれか。
- ⑴ 学校医よりも先に配置された。学校医の配置の方が早く、明治期にすでに始まっていました。
- ⑵ 特定の科目の修得によって認定された。特定の科目の修得によって認定される仕組みではありませんでした。
- ⑶ 欧米のスクールナースがモデルになった。日本の実情から生まれたもので、欧米のスクールナースをモデルにしたものではありません。
- ⑷ トラコーマの洗眼や点眼を行うために始まった。トラコーマの流行に対する洗眼や点眼の処置のために置かれたのが始まりです。
解説
正解は⑷です。日本の学校看護婦は、明治時代末期にトラコーマ(トラホーム)が学童の間で流行し、洗眼や点眼の処置を行う必要が生じたことから、学校に置かれるようになりました。学校医の配置はそれより早く明治期に始まっており、資格は科目の修得によるものではなく、欧米のスクールナースをモデルにしたものでもありません。
出典:厚生労働省ホームページ(https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/topics/tp170425-03_04_05.html)を加工して作成